
出来損ないの『ガラクタの蔵』
きらびやかなシャンデリアが、宝石をちりばめたドレスや、磨き上げられたグラスに反射して、無数の光の粒をふりまいている。
ここは、IT企業グループ『タカトオ・ホールディングス』の創立五十周年を記念するパーティー会場。主催者である高遠家の次期当主、高遠雅也(たかとおまさや)の婚約者として、私、白鷺詩織(しらさぎしおり)もその場にいた。
けれど、私の周りだけ、まるでそこだけが真空地帯であるかのように、誰も寄り付こうとはしない。壁際のテーブルに一人たたずむ私を、誰もが存在しないかのように扱っている。
「あれが白鷺家の……例の『ガラクタの蔵』の」
「まあ、お気の毒に。あんな外れスキル、何の役にも立たないでしょうに」
「高遠様も、あのような方を婚約者にお迎えになって、さぞお困りでしょう」
扇の影で交わされるささやき声が、私の耳を的確に刺す。もう慣れてしまったはずの言葉が、今日に限ってやけに重くのしかかる。
『ガラクタの蔵』。
それが、私の持つ異能力の名前だ。
この世界では、旧華族や古くからの名家の血筋に、ごく稀に異能力者が生まれる。私の実家である白鷺家もその一つで、代々、空間や次元に干渉する能力者を輩出してきた。
けれど、私の能力は少し違った。一般的な空間収納スキル『アイテムボックス』とは異なり、私の『蔵』に仕舞えるのは、壊れたものや、曰く付きのものだけ。
新品の宝石も、美しいドレスも、私の『蔵』は決して受け入れない。それどころか、無理に入れようとすると弾き出されてしまう。そのくせ、道端に落ちている錆びた釘や、持ち主の分からない薄汚れたハンカチなどは、いとも簡単に吸い込んでしまうのだ。
なぜ、私の能力はこうなのだろう? 『壊れたもの』と『曰く付きのもの』。一見、無関係に見える二つのカテゴリに共通する決まりごとは何なのか。そして、蔵に仕舞われたガラクタは、一体どこへ消えるのか。怖くて、一度も確かめたことはなかったけれど。
物心ついた頃から、ずっと一人で考えてきた。両親は「出来損ない」「白鷺の恥」と私をさげすみ、家庭教師は「前例のない、理解不能な能力です」とさじを投げた。
いつしか私は、自分の能力について考えることをやめ、ただ息をひそめるようにして生きてきた。
「詩織」
低い声に呼ばれて顔を上げると、そこには婚約者であるはずの雅也が、値踏みするような冷たい目を私に向けて立っていた。
彼の隣には、今をときめくカリスマ霊能者、神崎レイラが猫のように寄りそっている。その腕には、雅也から贈られたのであろう、大粒のダイヤモンドが輝くブレスレットがあった。
「皆さん、ご注目ください!」
雅也が声を張ると、会場のざわめきがすっと静まる。誰もが、この国の未来を担う若き経営者の言葉に注目していた。
「本日、この良き日に、私は、白鷺詩織との婚約を破棄し、新たに、私の魂のパートナーである神崎レイラ嬢と婚約することを、ここに宣言いたします! タカトオ・ホールディングスの未来のためには、レイラ嬢のような『本物』の力が必要なのです!」
一瞬の静寂。そして、爆発するような拍手と歓声。
私の頭の中は、真っ白になった。
婚約、破棄……?
ああ、そう。知っていた。雅也がレイラに心酔していることも、私をうとましく思っていることも。けれど、こんな、大勢の前で、こんな形で……。
「当然ですわ。雅也様のような方に、『ガラクタの蔵』なんて、何の価値もない能力者は相応しくありませんもの。せいぜい、これからもお似合いのガラクタ集めでもしていればよろしいのではなくて?」
レイラが勝ち誇ったように微笑む。周りの貴族たちも、同意するように頷いていた。あわれみ、あざ笑い、そして、これで自分たちの娘にもチャンスが回ってくると安心する、むき出しの欲望。その全てが、私に突き刺さる。
くやしさと絶望が、冷たい水のように私の心を浸していく。視界がゆがみ、立っていることさえ難しくなった、その瞬間だった。
――ドクンッ!
心臓が大きく脈打ったかと思うと、頭の中に、今まで見たこともない光景が、こう水のように流れ込んできた。
高層ビル、アスファルトの道路、スマートフォン、パソコン……。そうだ、私は、思い出してしまったのだ。自分が、現代日本でシステムエンジニアとして生きていた、ただのOLだったという前世の記憶を。
バグだらけのコードを修正し、壊れたデータを元に戻す。そんな「データクレンジング」が、私の仕事だった。
そして、その瞬間、長年私を苦しめてきた疑問に、一つの鮮やかな答えがひらめいた。
科学。化学。物理の法則。そして、情報科学。
前世の私が当たり前に持っていた、物事を整理して考えるやり方。
私の『ガラクタの蔵』は、なぜ「曰く付き」のものしか受け入れない?
それは、対象の「状態」で判断しているからではないか?
例えば、エントロピー。全てのものは、放っておくと、ごちゃごちゃな様子になっていく。
情報の世界も同じだ。データは時として壊れ、バグが生まれ、システムは古くなる。
もし、私の能力が、その「ごちゃごちゃな様子」――つまり、呪いやけがれ、壊れているといった「悪い情報」を持つものにしか反応しないとしたら?
だとしたら、蔵に仕舞われたものは、どうなる?
まさか。
私の能力は、ただ仕舞うだけのものではない?
悪い情報を吸い取って、対象を一番安定した、きれいな元の状態へと「リセット」する……?
つまり、それは……『浄化』? いや、前世の言葉で言うなら『デバッグ』であり、『初期化』だ。
だとしたら、私の『ガラクタの蔵』は、外れスキルなどではない。呪われたアイテムを浄化し、祝福されたアーティファクトへと作り変える、世界で唯一のチート能力……!
ぞくり、と背筋に走るものがあった。それは、絶望とは似ても似つかない、知的な喜びの震えだった。
私はゆっくりと顔を上げた。
もう、涙は出ていなかった。もう二度と、誰かのものさしで自分を安売りしない。私の価値は、私が決めるのだから。
私の視線は、壇上に飾られた一振りの古い剣に注がれていた。あれは、高遠家に代々伝わるという曰く付きの宝剣。かつて英雄が使ったものだが、敵の返り血を浴びすぎたせいで、持ち主に不幸をもたらす呪いの剣になったと聞く。
――私の『蔵』が、あの剣を最高の『研究対象(サンプル)』だと認識している。
確信があった。あれを私の蔵に仕舞えば、私の仮説が正しいか、証明できる。
私は、唇の端を吊り上げた。
私をあざ笑う雅也とレイラ、そしてここにいる全ての人々を見返す。
(ええ、結構ですわ。婚約破棄、ありがたくお受けいたします)
心の中で、私ははっきりとつぶやいた。
(私の本当の価値も知らずに……。せいぜい後悔なさってくださいな)
これから面白くなる。私の新しい人生と、最高に興味深い「実験」が、今、この瞬間から始まるのだから。
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