偽りの霊能者、そのメッキ、偽りの霊能者の正体を暴くエピソード5の表紙イメージ

偽りの霊能者、そのメッキ

 高遠雅也が対策課に乗り込んできた一件から数日後。オフィスはすっかり穏やかな日常を取り戻していた。

 私の毎日は、対策課に持ち込まれる様々な「曰く付きの品」を浄化し、アーティファクトに変えること。そして、蒼さんが淹れてくれる美味しいコーヒーをいただくこと。その二つを中心に、静かに回り始めていた。

「最近、テレビやネットでこの人を見ない日はないな」

 蒼さんが、休憩室の壁掛けテレビを指して言った。

 画面に大写しになっているのは、純白のドレスに身を包み、優しい愛情に満ちた笑みを浮かべる、カリスマ霊能者・神崎レイラ。雅也の新しい婚約者であり、私から彼を奪っていった原因の人だ。

『聖女レイラの奇跡! 触れるだけで、あらゆる病や呪いが浄化される!』

 テロップが、彼女の素晴らしい行いを大げさに伝えている。彼女が各地で行うチャリティーイベントには多くの人が詰めかけ、その場で彼女が祈りを捧げた「聖水」や「お守り」が高い値段で取引されているらしい。

 雅也の隣で勝ち誇ったように笑っていた彼女の顔を思い出し、胸の奥がチリっと痛む。個人的なうらみはない、と言えば嘘になる。けれど、それ以上に、彼女のその「力」には、同じ能力者として見過ごすことのできない、何か危ういものを感じていた。

「……相変わらず、うさんくさいですね」

 思わず、といった感じで私の口から本音がこぼれる。

 蒼さんは私の言葉を否定も肯定もせず、ただリモコンでテレビの音量を下げた。

「その神崎レイラについて、君に調査を頼みたいことがある」

「彼女を、ですか?」

「ああ。彼女がイベントで使っている『聖遺物』――特に、信者に分け与えているという『奇跡のペンダント』。それを手に入れた人物が、数日後に決まって原因不明の体調不良を訴えているんだ」

 蒼さんがタブレットに表示した資料には、数人の被害者の名前と症状がリストアップされていた。その症状は、かつての「呪いのアクセサリー」の被害者たちとよく似ている。だが、蒼さんはさらに付け加えた。

「ただの体調不良じゃない。被害者の生命エネルギーを細かく測ったところ、ごくわずかだが、確実に減っている。何かに『吸い取られている』ようなあとがあるんだ」

「これは……」

「レイラの力は本物だ。我々もそれは確認している。だが、その力の仕組みに、何か裏があるのではないかと疑っている。君の目で、その本質を見抜いてほしい」

 雅也の、新しい婚約者。正直、あまり関わりたい相手ではない。けれど、これも仕事だ。そして、私の能力を必要としてくれる人がいる。断る理由など、どこにもなかった。

「分かりました。その『奇跡のペンダント』、実物を手に入れることはできますか?」

「すでに手配済みだ」

 蒼さんは、証拠品保管用のケースを私の前に置いた。中には、いかにも安っぽい金メッキのペンダントが一つ。中央には、申し訳程度の小さなガラスがはめ込まれている。

 私はこくりと首を縦に振り、静かに目を閉じ、そのペンダントに意識を集中させた。

(――『ガラクタの蔵』、起動)

 ペンダントをアイテムボックスに収納した瞬間、私の頭の中に、ものすごい量の情報が流れ込んできた。

 それは、私が今まで感じたことのない、変わっていて、危険なものだった。

(……何、これ……!)

 呪い、ではない。けれど、清らかな聖気とも全く違う。

 例えるなら、それは、パンパンに膨れ上がった風船のようなものだ。指で軽くつついただけで、縫い目から黒い膿がにじみ出してきそうな、そんな不快な張りつめ方をしている。

 薄いゴム膜一枚で、内側に閉じ込められているのは、ものすごい数の、どす黒い邪悪な気配。老人の関節の痛み、若い女性の失恋の悲しみ、事業に失敗した男の絶望。様々な人間の苦しみや、病、呪い。それらが無理やり一つの場所に押し込められ、今にも破裂しそうなほどの圧力を生み出していた。

「白鷺さん? どうした、顔色が悪いぞ」

 蒼さんの心配そうな声で、私はハッと我に返った。冷や汗が、背中を伝っていくのが分かる。

「……桐ヶ谷さん、これは……これは『浄化』なんかじゃありません」

 私は、震える声で言った。

「彼女は、呪いを消し去っているんじゃない。ただ、別の場所に『押し込めて』いるだけです。このペンダントは、その呪いを一時的に閉じ込めておくための、ただの『蓋』に過ぎません!」

 前世の知識で言うなら、これはデバッグではなく、ただのエラーを隠していることだ。根本的な解決にはなっていない。それどころか、隠されたバグは、いつか必ず、より大きなシステムダウンを引き起こす。

「蓋、だと……?」

「はい。彼女は、人々から吸い上げた呪いや汚れたものを、その場しのぎでペンダントに封じ込めているんです。だから、一時的に体調が良くなったように感じる。でも、封印の力は永遠じゃない。数日もすれば、ペンダントに溜め込まれた呪いが、今度は何倍にもなって持ち主に襲いかかる……!」

 なんて危険な力。なんて偽りに満ちた行い。

 人々は彼女を「聖女」と神様のように扱っているけれど、その本当の姿は、時限爆弾を配って歩いているようなものだ。

「彼女の力の正体は、おそらく『移動』と『封印』。浄化能力を持たない彼女が、霊能者として振る舞うために編み出した、苦しまぎれのやり方……いえ、きわめてたちの悪いいかさまです」

「……なるほどな。それで、信者から吸い上げた呪いは、最終的にどこへ行く?」

 蒼さんの鋭い問いに、私はペンダントから読み取った、もう一つの情報を口にした。

「彼女が『聖遺物』と呼んでいる、とりわけ大きな水晶玉……。おそらく、それが呪いの最終的なゴミ捨て場です。日本中から集めた呪いを一つの場所に溜め込み続けている。もし、あの水晶玉の封印が解けたら……」

 考えただけで、背筋が凍る。一つの街が、まるごと呪いに飲み込まれかねない。

「……よくやってくれた、白鷺さん」

 蒼さんは、私の報告を聞き終えると、静かに、だが強い決意を込めて言った。

「君のおかげで、神崎レイラのメッキが剥がれた。直ちに、彼女を捕まえ、問題の『聖遺物』も手に入れる。君にも、現場まで一緒に来てもらう」

 偽りの聖女に、本物の裁きを下す時が来た。

 それは、私が向き合わなくてはならない、過去の因縁でもある。

 私は、蒼さんの隣で、力強くこくりと首を縦に振った。

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