避けたいイベント、避けられず、森の実習で魔物から守り誤解が深まるエピソード3の表紙イメージ

避けたいイベント、避けられず

「彼女に、手を出すな」

あの日、アレクシオス殿下に耳元でささやかれた言葉が、氷の棘のように私の心に突き刺さって抜けない。

違うんです、と叫びだしたい気持ちを抑え、私はますます空気のように、影のように、学園生活を送っていた。

そんなある日、魔法実技の授業で、教師がこう告げた。

「今週末、一年生は合同で『森での魔法実習』を行う。二人一組で森に入り、指定された薬草を採取してくること。班分けは、後ほど掲示する」

(来た……!)

私は内心、頭を抱えた。

森での魔法実習。これもまた、ゲームでは重要なイベントの一つだった。

原作では、イザベラがヒロインのエリアナを森の奥深くへと誘い込み、危険な魔物に襲わせようとするのだ。もちろん、そこをヒーローであるアレクシオス殿下が助けに来て、二人の仲が深まるという、お決まりの展開である。

(絶対に、エリアナさんと同じ班になるのだけは避けなければ……!)

それさえクリアすれば、あとは森の端っこで適当に薬草を採って、さっさと帰ってくればいい。誰にも迷惑をかけず、誰の目にも留まらない。それが一番だ。

しかし、私のそんなささやかな願いを、神様は聞き入れてはくれなかった。

掲示板に張り出された班分け表を見て、私はその場で崩れ落ちそうになる。

『七班:イザベラ・フォン・クラインフェルト、エリアナ』

「……うそでしょ」

何という悪意に満ちた組み合わせ。

これはもう、神様が私に破滅の道を歩めと言っているようなものではないか。

周りの生徒たちが、「あの悪役令嬢と平民が一緒ですって?」「面白いことになりそうね」と、ひそひそ噂しているのが聞こえる。やめて、私のライフはもうゼロよ。

そして実習当日。

私たちは学園の裏手に広がる広大な森の入り口に立っていた。

教師からの注意を聞きながらも、私の頭の中は、どうやってこの最悪の状況を乗り切るかでいっぱいだった。

「あ、あの、イザベラ様……」

隣から、エリアナさんが不安そうな顔で私を見上げている。

「本日は、よろしくお願いいたします」

「……ええ。よろしくてよ、エリアナさん」

努めて冷静に、貴族の令嬢らしく返す。

大丈夫、私。やることは一つ。エリアナさんの安全を確保し、何事もなく実習を終える。それだけだ。

森の中は、昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。

私たちは、地図を頼りに薬草を探して歩く。

原作の知識によれば、このあたりに危険な魔物はいないはずだ。イザベラが罠を仕掛けなければ、の話だが。

「あっ、ありました! これですわ、イザベラ様!」

エリアナさんが、木の根元に生えていた光る苔を指差す。

あれが、今回の目的の薬草の一つ『月光苔』だ。

「ええ、間違いありませんわ。では、採取を……」

私がそう言いかけた、その時だった。

ガサガサッ!

近くの茂みが、激しく揺れた。

「きゃっ!」

エリアナさんが、小さな悲鳴を上げる。

違う。原作では、こんなところで魔物は出ないはず。一体、何が……?

茂みから飛び出してきたのは、猪のような姿をした、巨大な魔物だった。

その目は赤く充血し、口からは涎を垂らしている。明らかに正気ではない。

「な、なんで……!?」

他の生徒たちの悲鳴が、森のあちこちから聞こえる。

どうやら、魔物に遭遇しているのは、私たちだけではないらしい。

原作にない、異常事態。

「イザベラ様、お逃げください!」

エリアナさんが、震えながらも私の前に立とうとする。

なんて健気な子なの! でも、あなたこそが聖女で、主人公なのよ!

魔物が、私たちに向かって突進してくる。

もうダメだ、終わった……!

そう思った瞬間、私の頭に、前世でやり込んだ別のゲームの記憶がよぎった。

そうだ、あのゲームに出てきた猪型のモンスター。弱点は、突進する瞬間に、一瞬だけ光る眉間の模様……!

目の前の魔物の眉間が、確かに、一瞬だけ赤く光った。

間違いない!

「エリアナさん、伏せて!」

私はエリアナさんの体を強く突き飛ばし、地面に転がす。

そして、自分もギリギリでその場を飛びのいた。

魔物は、私たちがさっきまでいた場所を、猛烈な勢いで通り過ぎていく。

だが、このままでは、体勢を立て直した魔物にまた襲われるだけだ。

どうする? 私の攻撃魔法は、上級のものではない。一撃で倒すなんて不可能だ。

(落ち着け……何か、何か方法があるはず……!)

そうだ。私は公爵令嬢のイザベラ。最高級の教育を受けている。

魔法だって、攻撃魔法以外も一通りは習っているはずだ。

例えば、生活魔法。料理の時に火をつけたり、水を温めたりするだけの、戦闘では役に立たないとされる、あの魔法……。

これだ!

私は杖を構え、魔物に向かって叫んだ。

「氷よ!」

私の足元の地面が、急速に凍りついていく。生活魔法の中級で習う、ただの冷却魔法。

だが、私はその範囲を、魔物の足元まで一気に広げた。

勢いよく方向転換しようとした魔物は、凍った地面に足を取られ、見事に体勢を崩す。

そして、ツルン! と滑って、派手に転倒した。

「今ですわ!」

その隙を、私は見逃さない。

ありったけの魔力を込めて、一番得意な風の刃を、転倒して無防備になった魔物の首筋に叩き込んだ。

魔物は断末魔の叫びを上げることもなく、動きを止めた。

「はぁ……はぁ……」

全身の力が抜けて、その場にへたり込みそうになる。

怖かった。本当に、死ぬかと思った。

「イザベラ様……!」

エリアナさんが、涙目のまま駆け寄ってくる。

「すごい、です……! イザベラ様が、私を助けて……」

「いえ、私も、必死だっただけですわ……」

そう。私はただ、自分が死にたくなかっただけ。

結果的に、エリアナさんを助けたことになったけれど。

その時だった。

森の奥から、一人の人影が、猛烈な速さでこちらに走ってくるのが見えた。

銀色の髪。

間違いない、アレクシオス殿下だ。

彼は、私たちの目の前で止まると、信じられないものを見るような目で、辺りを見回した。

そこには、倒れた巨大な魔物と、そのそばに立つ私。そして、恐怖でへたり込んでいるエリアナさんの姿。

ああ、神様。

どうして、いつもこうなるのですか。

殿下は、私には目もくれず、すぐにエリアナさんの元へ駆け寄った。

「大丈夫か、エリアナ嬢」

「は、はい……イザベラ様が、助けてくださって……」

エリアナさんの言葉に、殿下はちらりと私に視線を向ける。

その瞳に宿っていたのは、感謝や安堵の色ではなかった。

それは、昨日よりもさらに冷たく、硬い光。

まるで、得体の知れない、危険な生物を見るような……そんな目だった。

「……そうか」

殿下はそれだけを言うと、再びエリアナさんに向き直る。

「立てるか? すぐにここを離れよう」

違うんです、殿下。

これは事故で、私はただ、必死で……!

私の声にならない叫びは、またしても彼には届かない。

善意で取った行動が、最悪の誤解を生む。

悪役令嬢の運命とは、かくも過酷なものらしい。

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