舞踏会と、意外なパートナー、王子とダンスし正体を探られるエピソード4の表紙イメージ

舞踏会と、意外なパートナー

森での魔法実習から数日後。

あの時のアレクシオス殿下の、得体の知れないものを見るような冷たい視線が、私の脳裏に焼き付いて離れない。

殿下はあれ以来、私をさらに厳しく監視しているようで、学園のどこにいても、常に背中に突き刺さるようなプレッシャーを感じる。もう胃が痛い。

そんな私の元に、一通の招待状が届いた。

差出人は、王家。

内容は、王家の主催する、建国記念の舞踏会への招待だった。

(ぶ、舞踏会……!)

またしても、ゲームの強制イベントだ。

原作の舞踏会で、イザベラはここぞとばかりにアレクシオス殿下に付きまとい、他の令嬢たちに婚約者としての立場を見せつけ、さらにはヒロインのエリアナに恥をかかせようとする。

その結果、殿下の心証を最悪のものにしてしまうという、自爆イベントである。

(行きたくない……絶対に行きたくない……!)

だが、王家主催の舞踏会を、公爵令嬢である私が欠席することなど許されるはずがない。

こうなったら、やることは一つ。

(――壁の花に、徹する!)

会場の隅で、空気のように気配を消し、誰とも話さず、誰の目にも留まらない。

飲食コーナーの近くに陣取って、ひたすら時間が過ぎるのを待つのだ。

それが、このイベントを乗り切る唯一の方法。

私は侍女に、手持ちのドレスの中で一番地味なものを準備させた。

もちろん、公爵令嬢のドレスなので、地味といってもそれなりの品ではあるが、色は夜の闇にまぎれるような深い紺色。宝石の飾りも、胸元にささやかにあしらわれているだけ。他の令嬢たちが着るであろう、赤やピンクの華やかなものに比べれば、ずっと落ち着いている。

これなら、きっと大丈夫なはずだ。

そして、舞踏会の当日。

きらびやかな王宮の大広間は、着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。

天井のシャンデリアが放つ光が、あちこちで宝石やドレスに反射して、まばゆいばかりの光景を作り出している。

(うわあ……すごい……)

元平民の私は、その光景に一瞬だけ心を奪われるが、すぐに我に返る。

いけない、いけない。今日の私は、この光景に感動しに来た観光客ではない。壁の一部になるために来たのだ。

私は計画通り、会場の隅にある飲食コーナーの近くに陣取ると、グラスを片手に、ひっそりと息を潜めた。

周りを見渡せば、華やかな令嬢たちが、楽しそうにおしゃべりをしている。

その輪の中心には、やはり、アレクシオス殿下がいた。彼は今日も完璧な王子様で、優雅に微笑みながら、貴族たちと談笑している。

そして、少し離れた場所には、エリアナさんの姿もあった。

彼女は、控えめながらも清楚な魅力のある水色のドレスを着て、少し戸惑ったように立っている。特待生である彼女も、招待されたのだろう。

原作通りなら、ここで他の攻略対象の男性キャラたちが、次々と彼女をダンスに誘うはずだ。事実、すでに何人かの令息が、彼女の周りをうろついているのが見える。その中には、騎士団長の息子で、熱血漢のあの人の姿も……。

(よしよし、いい感じ。みんな、エリアナさんに夢中だわ。私のことなんて、誰も見ていない)

そう思った、その時だった。

ふと、アレクシオス殿下と目が合ってしまった。

しまった、と思ったが、もう遅い。

彼は周りの貴族たちに一言断ると、まっすぐに、私のいる方へと歩いてくるではないか。

嘘でしょ!?

周りの人々が、モーゼの十戒のように割れて道を開けていく。その道の先には、ポツンと一人で立つ私。

もう、全ての注目が私に集まっているのが、肌で分かる。

「……ごきげんよう、殿下」

震える声で、なんとか挨拶をする。

心臓は、今にも破裂しそうだ。

「ああ。今宵も、ずいぶんと静かだな、イザベラ」

殿下は私の目の前で止まると、優雅に微笑んだ。

「よろしければ、一曲、お相手願えるだろうか?」

断れるはずが、ない。

周りからの「まあ!」「さすがは婚約者様ね」という声が、ぐさぐさと私に突き刺さる。

「……喜んで、お受けいたします」

差し出された手を取ると、私たちはホールの中心へと導かれる。

音楽が始まり、私たちはゆっくりと踊り始めた。

殿下の手が、私の腰に回される。その手に込められた力強さに、背筋が伸びる。近すぎる距離に、頭がクラクラする。

「壁際で、何をしていた?」

ダンスのステップを踏みながら、殿下が低い声で尋ねてきた。

「いえ、別に……少し、休憩を……」

「ほう? 森での一件以来、君はずいぶんと休憩が多いようだな」

チクリ、と嫌味を言われる。

やっぱり、あの件を根に持っているのだ。

「君は、あの特待生……エリアナ嬢と、親しいのか?」

「い、いえ、まったく! ほとんど、お話したことも……」

「では、なぜ助けた? 君らしくもない」

彼の空色の瞳が、私をじっと見つめる。

その視線に、嘘はつけない、と本能が告げていた。

「……それは、その……目の前で、困っている方がいたから、としか……」

「そうか」

殿下は、納得したのかしていないのか、分からない返事をする。

沈黙が、重くのしかかる。

何か、何か言わなければ……!

「あ、あの、殿下こそ、エリアナさんのことを、気にかけていらっしゃるご様子……」

しまった! 墓穴を掘った!

原作通りなら、彼はこれからエリアナさんと恋に落ちるのだ。私が口を出すことではなかった。

「……ああ。彼女には、特別な力があるからな」

殿下は、あっさりとそう認めた。

「それに比べて、君は本当に面白いな」

「へ?」

「本当の君は、一体、どれなんだ? 傲慢な令嬢か、森で魔物を一人で倒す実力者か、それとも、今、私の腕の中で震えている、臆病な小動物か」

そして、彼は私の耳元に顔を寄せ、こう言った。

「教えてくれ、イザベラ。君の本当の狙いは、何だ?」

頭が、真っ白になる。

狙いなんて、ない。ただ、平穏に生きたいだけ。

そう叫びたいのに、喉がカラカラに乾いて、声が出ない。

(どうしよう、どう答えればいいの!? 『静かに暮らしたいだけです』なんて言っても、信じてもらえるはずがない! かといって、何か適当なことを言えば、さらにボロが出る……!)

心臓が早鐘のように打ち、彼の腕の中で体がこわばるのが分かる。

「わ、わたくしは……ただ、静かに……」

しどろもどろに答える私を、彼は面白そうに見つめている。

その瞳は、もはや獲物を見る肉食獣のようだ。

やがて、曲が終わる。

殿下は私をエスコートして、元の場所まで送ってくれた。

「……今宵は、楽しかった」

彼はそう言い残すと、すっと背を向けて、人混みの中へと消えていった。

一人残された私は、その場にへたり込みそうになるのを、必死にこらえた。

周りの令嬢たちの、好奇と嫉妬に満ちた視線が痛い。遠くで聞こえる楽しげな音楽が、今の私の心境とはあまりにもかけ離れている。

計画、大失敗。

壁の花になるはずが、一番目立ってしまった。

そして、アレクシオス殿下の疑いを、確信に変えてしまった。

私の平穏な未来は、一体どこにあるのだろうか。

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