初めての贈り物、あやかしから着物を贈られ戸惑う花嫁のエピソード2の表紙イメージ

初めての贈り物

 鳥の声で、目が覚めた。

 柔らかな布団の感触と、鼻をくすぐる良い香りに、一瞬ここがどこだか分からなくなる。

 そうだ。私は昨日、人身御供としてこの屋敷に……。

(花嫁……)

 眠る直前にささやかれた言葉が、頭の中で繰り返される。あれは、夢だったのだろうか。それとも、私をからかうための、あやかしの気まぐれか。どちらにせよ、私には縁のない言葉だ。私は生贄で、この屋敷の主に喰われるのではなかったのか。

 恐る恐る体を起こすと、枕元に綺麗な着物が畳んで置かれていた。昨日着せられた寝間着とは違う、上品な藤色の着物。誰が、何のために……。混乱していると、障子の向こうから「失礼いたします」と、侍女の声がした。昨日私をお風呂に入れてくれた、のっぺらぼうの侍女だ。

「お目覚めですか、奥様。朝ごはんの用意ができております」

「おくさま……?」

 聞き慣れない呼び方に、心臓が跳ねる。何かを尋ねようと口を開きかけたが、つるりとした侍女の顔には、問いかけるべき口も耳も見当たらない。私は言葉を飲み込み、侍女が手伝う身支度をされるがままに受け入れた。

 座敷には、またしても豪華な朝食が用意されていた。そして上座には、既に常磐様が座っていた。彼は私をちらっと見ると、また静かに庭に視線を戻した。何を考えているのか、その美しい横顔からは少しも読み取れない。

「……おはよう、ございます」

 かろうじてそれだけ言うと、常磐様は静かにうなずいた。

「ああ。よく眠れたか」

「は、はい……」

 気まずい沈黙の中、食事が始まる。私は自分の目の前にあるお膳に集中しようとしたが、どうしても上座の常磐様の様子が気になってしまう。彼は箸を手に取るでもなく、ただ静かにお茶をすするだけだった。あやかしは、人間と同じものは食べないのだろうか。そんな当たり前のことに、今更ながら思い至る。

 食事を終えると、常磐様が「美世、こちらへ」と私を手招きした。有無を言わせぬその響きに、私はおとなしく従うしかない。

 ついていくと、そこは着物の布地がずらりと並べられた、広い部屋だった。壁一面に作り付けられた棚に、色とりどりの絹の布が、まるで虹のかけらのように部屋の隅々まで埋めつくしている。村では見たこともない、目もくらむような光景だった。

「好きなものを選ぶといい」

「え……?」

「お前の着物だ。花嫁が、寝間着のままというわけにもいくまい」

 やはり、あの言葉は夢ではなかったのだ。常磐様は本気で、私を『花嫁』と呼ぶつもりらしい。

「さあ、遠慮はいらない」

 そう言われても、どうしていいか分からない。私が今まで着ていたのは、汚れてもいいようにと与えられた、粗末な麻の着物だけ。こんなに美しい布は、見たことすらなかった。

 私が戸惑っていると、常磐様は仕方ないといったふうにため息を一つ吐き、すっと立ち上がった。彼は棚に並ぶたくさんの布の前をこともなげに通り過ぎると、迷いのない優雅な動きで、その中から一つを取り出した。

 それは、夜空の色をそのまま写し取ったかのような、深い藍色の絹の布だった。銀色の糸で星が縫い取られ、ところどころに月の満ち欠けが模様になっている。息をのむほど、美しかった。

「これなどはどうだ。お前の瞳の色に、よく似合うと思う」

「わ、わたしの……ひとみの、いろ……?」

 私の瞳は、呪われた一族の証だと、嫌われてきた色だ。不吉な夜の色だと、気味悪がられてきた。綺麗だなんて、言われたことは一度もなかった。その言葉は、私の胸に小さな波紋を広げた。生まれて初めて、自分のかけらを認められたような、不思議な感覚だった。

「さあ、受け取れ」

 常磐様が、その美しい布を私に差し出す。

 私は、思わず後ずさっていた。

「……で、できません」

「なぜだ」

「こ、こんなに綺麗なもの……私のような者には、もったいのうございます」

 汚い、呪われた私に、こんな美しいものがふさわしいはずがない。この布に触れたら、この美しい星空が、私の穢(けが)れで汚れてしまう。村の祭りの日、遠くから眺めていただけなのに、「穢(けが)れたお前が見ると、供え物が腐る」と、塩を投げつけられた日のことを思い出す。

「私には……お気持ちだけで、じゅうぶんですので……」

 震える声でそう言うのが、精一杯だった。

 常磐様の金色の瞳が、すっと細められる。怒らせてしまっただろうか。気まぐれをそこねて、今度こそ喰われてしまうかもしれない。

 私は、次に発せられるであろう怒鳴り声に、ぎゅっと身を固くした。

 けれど、彼の口から出たのは、予想とはまったく違う、静かな問いだった。

「……もったいない、か」

 彼は、私をじっと見つめた。その視線は、私の心の奥底まで見ているようで、居心地が悪い。

「お前は、今までそう言われて生きてきたのか」

 図星だった。何か新しいものを与えられるたび、私はいつも言われてきた。「お前にはもったいない」と。だから、いつしか自分でもそう思うようになった。私には、何も与えられる価値がないのだと。

 常磐様は、私の返事を待たずに、持っていた布をそっと部屋の隅にある着物をかける物にかけた。

「……分かった。ならば、無理強いはしない」

「え……」

「その着物は、ここに置いておく。いつかお前が、自分はこれにふさわしいと思えた時に、着るといい」

 彼はそれだけ言うと、部屋を出て行こうとした。その背中に、私は何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。

 そんな私を振り返りもせず、常磐様は静かな声で言い放った。

「勘違いするな。お前がどう思おうと、お前が俺の唯一の花嫁であることに、変わりはない」

 障子が、ぴしゃりと閉まる。

 一人残された部屋で、私はただ、ぼうぜんと立ち尽くす。しばらくして、私は吸い寄せられるように、着物かけの布へと近づいた。夜空を閉じ込めたその布に、恐る恐る指先で触れてみる。ひんやりとして、とろけるように滑らかな感触。私の、ごつごつとして、あかぎれだらけの指先とは、あまりにも違う。その違いがひどく悲しくて、私はすぐに指を引っ込めた。

 なぜ。

 どうして、このあやかしは、私にこんなにも優しいのだろう。

 分からない。何もかもが、分からなかった。

 ただ、胸の奥に、昨日とはまた違う、温かくて、そして少しだけくすぐったいような感情が、芽生え始めていることだけは、確かだった。

このトピックが得意なセンセイ

アプリはApple StoreとGoogle Playからダウンロード可能

まずは無料でダウンロード

「アバトーク」は匿名・顔出しナシで気軽に恋愛相談できるアプリ。

今すぐ相談してみる!

こちらからダウンロードをお願いします!