それぞれの結末、裏切り者たちが報いを受け美咲が新たな一歩を踏み出すエピソード4の表紙イメージ

それぞれの結末

「――これ、見てくれる?」

玲奈が突きつけてきたスマホ。

その画面に映っていたのは……私?

そう、モデルの卵として、がむしゃらに夢を追いかけていた頃の、まだ何者でもなかった私だ。

『読者モデル・水野美咲(本名:田中美咲)の黒い過去』

『複数の男と同時交際!? 枕営業疑惑!』

『金目当ての略奪婚だった!』

……くだらない。

悪意にまみれたゴシップ記事もどきのテキストが、当時の写真に添えられている。

そのほとんどが、事実無根か、針を棒のように膨らませただけのものだ。

「智也さんも、お義母さんも……なぁんにも知らなかったなんて。ほんっと、可哀想な人たちッ!」

玲奈は、勝利を確信した捕食者の顔でニヤリと笑う。

その指は、今にも「拡散」ボタンをタップしそうだ。

「どうする? 今すぐ、あなたのパパやママ、友達、前の会社の同僚……みーんなに、この“本当のあなた”を教えてあげようか? もう恥ずかしくて、外も歩けなくなっちゃうかもねぇ?」

智也と姑の芳子も、勝ち馬に乗ったとばかりに私を見下している。

三人とも、同じ顔をしていた。

これで私が泣いて土下座するとでも、思ってるんだろうな。

だけど――。

「……ふふっ」

私は、動じなかった。

むしろ、穏やかな笑みさえ浮かべて、可哀想な女を見つめ返してやった。

「それが、どうかしたのかしら?」

「なっ……!?」

「ええ、そうよ。夢を追いかけて、必死だった。たくさん恋だってしたわ。でもね、私はそんな過去も全部ひっくるめて、今の私なの。誰かのものを欲しがって、足を引っ張ることしかできない……そんなあなたの人生より、よっぽどマシだと思わない?」

私の凛とした態度に、玲奈は完全に虚を突かれた顔で固まる。

予想外の反撃だった、って顔に書いてある。

「それにしても、玲奈さん。私の過去をほじくり返すなんて、ずいぶんとご熱心だったのね。でも……一番肝心なこと、見落としてるんじゃない?」

私は、用意していた別のファイルを、テーブルに置いた。

「これ……あなたの“本当のプロフィール”。朝倉玲奈、25歳。……いいえ、本名は、山田玲奈。過去に詐欺で3回、起訴寸前。ぜんぶ示談で切り抜けてる。そして現在、複数の男性から金銭を騙し取る結婚詐欺の容疑で、警察が内偵中――智也さんは、あなたの4人目のカモってわけ」

サーッ、と玲奈の顔から血の気が引いていくのが、面白いほどよく分かった。

「智也さん。あなたが愛してるとか思っちゃってるこの女……プロの詐欺師なのよ? あなたと付き合いながら、他の男からもお金を引っ張ってる。――はい、これがその証拠」

テーブルに、数枚の写真をばら撒く。

そこには、見知らぬ男と腕を組み、高級ホテルに入る玲奈の姿がくっきりと写っていた。

「は……? う、嘘だろ……? 玲奈、これ……どういうことだよッ!?」

智也は、壊れたオモチャみたいに首を左右に振っている。

愛人だと思っていた女が、ただの寄生虫だったなんて……そんな現実、受け入れたくないよな。

「と、智也さん! ダメよ、こんな女の言うこと信じちゃ! 罠よ、これは罠なのッ!」

玲奈が金切り声を上げるけど、もう遅い。

私が突きつけた証拠――銀行の振込履歴、他の男との生々しいメールのやり取り、そして「山田玲奈」名義の前科記録――は、あまりにも決定的だった。

「ねぇ、智也さん。あなたがこの女に貢いだ額、計算したことある? この半年だけで、約1800万円。ブランド品のバッグ、高級ディナー、スイートルームの宿泊費……それから、毎月のお小遣い。そのお金、どこから出てたと思う? ぜんぶ、私たちが築いてきた、家の貯金からよ」

智也の顔が、土気色に変わる。

自分がどれだけ愚かで、滑稽なピエロだったのか……ようやく、その脳みそでも理解が追いついてきたらしい。

数日後。

水野家の親戚一同が集まる法事の席で、結衣は静かに、しかし鮮やかに爆弾を投下した。

「皆さんにお伝えしたいことがあります。私の兄と母が、美咲さんにしてきた……あまりにも非道な仕打ちのすべてを」

用意周到に準備された資料が、親戚たちの手に渡る。

皆、絶句していた。

「出来の良い息子」「貞淑な嫁」……そんな上辺だけの仮面が剥がれ落ち、グロテスクな真実が露わになったのだから。

特に効果てきめんだったのは、姑・芳子の暴言を録音したデータだった。

普段の上品ぶった猫なで声とは似ても似つかない、罵詈雑言の嵐。

それを聞いた瞬間、親戚たちはまるで汚物でも見るかのような目で芳子を見つめ、スゥ…と距離を取った。

智也のエリート商社マン人生も、あっけなく終わった。

結衣がリークした情報は、燎原の火のごとく社内に広まったのだ。

イメージを何より重んじる会社で、不倫スキャンダルは致命傷だった。

「――水野、来月から関連会社に出向だ」

重要なプロジェクトから外され、事実上の左遷。

同僚たちの好奇と侮蔑の視線が、毎日背中に突き刺さる。

(クソッ……! なんで俺がこんな目に……!)

完全に断たれた出世の道。粉々に砕け散ったエリートとしてのプライド。

その怒りの矛先は、当然、玲奈へと向かった。

「お前のせいだ! お前が俺を騙したから、俺の人生はメチャクチャだッ!」

「はぁ!? あんただって奥さんを騙してたでしょ! 私だって被害者なんですけど!」

泥沼の罵り合いの末、二人はあっけなく破局した。

玲奈は玲奈で、この男からはもう搾り取れないと判断したのだろう。さっさと荷物をまとめて、次のカモを探しに消えていった。

姑の芳子は、親戚中から完全に爪弾きにされた。

今まで散々「自慢の息子」を盾に周囲を見下してきたツケが、一気に回ってきたのだ。

近所にも噂は広まり、針の筵に座るような毎日。

息子に泣きついても、智也は自分のことで手一杯で、母親を顧みる余裕など欠片もなかった。

一方、私は――。

新しい人生の一歩を、力強く踏み出していた。

離婚調停は、当然のように私に有利に進んだ。

慰謝料と財産分与で、再出発には十分すぎるほどの資金も手に入れた。

そして、自分の力でIT企業に再就職を決めた。

最初は専門用語の嵐に目が回りそうだったけど、あの屈辱の日々を思えば、なんてことはない。

がむしゃらに勉強し、食らいついた。

意外にも、出版社時代の編集スキルが、Webコンテンツの企画やライティングに役立つことも多かった。

「水野さん、すごいね」「頼りにしてるよ」

新しい同僚たちは、みんな温かかった。

久しぶりに感じる、誰かに必要とされる喜び。

働くって、こんなに楽しかったんだっけ……。

仕事帰りに、蓮くんのいるカフェに寄るのが、最近の私のささやかな楽しみになっていた。

六本木のあのラウンジじゃない。彼が平日の夕方だけバイトしている、駅前の小さなカフェだ。

「お疲れ様です。……最近、すごく良い顔、してますね」

彼はいつもの静かな笑顔で、私を迎えてくれる。

「ふふ、蓮くんのおかげでもあるのよ。本当に、ありがとう。……あ、そうだ。あのメモ、『Chronos\_Gate7』って、智也が使ってたクラウドのパスワードだったんだね。おかげで、もっと決定的な証拠が手に入ったの」

「いえ。立ち上がったのは、美咲さん自身の力です」

彼の優しい言葉が、じんわりと心に沁みる。

(どうして、彼は私を助けてくれたんだろう?)

(どうして、あのパスワードを知ってたんだろう?)

疑問は尽きない。

でも……今は、まだいいか。

その時の私は、まだ気づいていなかった。

カフェの向かいのビルの陰。

すべてを失い、復讐の鬼と化した智也が、憎悪に燃える目で私たち二人を見つめていることに――。

その手には、小さなカメラが握られている。

私と蓮の親密そうな様子を写真に収め、新たな復讐のネタにしようと企んでいるのだ。

だけど、もう私は以前の私じゃない。

どんな困難が待ち受けていようと、この足で、自分の力で、乗り越えてみせる。

――美咲の本当の人生は、ここから始まる。

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