呪いのアクセサリーと、その製作者、呪いのアクセサリー事件を解決するエピソード3の表紙イメージ

呪いのアクセサリーと、その製作者

 政府の秘密組織「異常現象対策課」。その一員である桐ヶ谷蒼さんから依頼された初仕事は、私の能力の真価を試すような、まさにうってつけの案件だった。

 対策課のオフィスは、想像していたよりもずっとごちゃごちゃとしていた。書類の山、鳴り響く電話、そして部屋の隅で仮眠をとっている隊員らしき人。けれど、その空気は決して淀んでいるわけではなく、むしろ機能的で、どこか心地よい緊張感に満ちていた。微かに漂うコーヒーの香りが、この場所が眠らない砦であることを示している。

「最近、若い女性の間で流行しているアクセサリーが原因で、体調不良を訴える人が続出しているんです」

 蒼さんは、そんな騒がしさの中でも涼やかな顔を崩さず、タブレットに表示された写真を見せてくれた。

 そこに写っていたのは、細かい銀細工に、小ぶりな黒い宝石がはめ込まれたネックレス。蔦のようなモチーフが、吸い込まれるように深い色合いの宝石を抱き込んでいる。一見すると、ゴシック調で可愛らしいデザインだ。

「呪いのアクセサリー、ですか?」

「現時点では断定できません。ですが、被害者はいずれも同じ工房が製作したアクセサリーを身につけていました。そして、全員が原因不明の体のだるさや悪夢に悩まされている」

 蒼さんのクールな声が、事態の深刻さを物語る。被害はすでに数十件に及んでいるという。

 これが、私の最初の仕事。

 父が遺した借金の返済のためだけじゃない。家で「外れスキル」と見下され、誰からも価値を認められなかった私が、初めて自分の意志で掴んだ役割。しいたげられてきた自分自身の価値を、この手で証明するんだ。私はゴクリと唾を飲み込み、震えそうになる指先に力を込めて覚悟を決めた。

「そのアクセサリー、私に預けていただけますか?」

 私の目を見て、蒼さんは無言で頷くと、証拠品として保管されていたネックレスを一つ、私に手渡した。

 ずしりとした金属の感触。ひんやりとした宝石の冷たさが、手のひらに伝わってくる。まるで、小さな氷のかけらを握っているようだ。

 私は意識を集中させ、右手をネックレスにかざした。

(――『ガラクタの蔵(アイテムボックス)』、起動)

 心の中でそう唱えると、私の右手とネックレスの間に、空間が歪むような不思議な感覚が生まれる。これが、私の能力。曰く付きの品や壊れたものしか収納できない、外れスキル。

 でも、今は違う。この能力は、呪いや穢れを浄化し、全く新しい価値あるものへと生まれ変わらせる、唯一無二の力なのだ。

 ネックレスが、まるで水面に落ちるように私の手のひらに吸い込まれていく。そして、完全に姿を消した。

 アイテムボックスに収納された瞬間、私の頭の中に、そのアイテムが持つ「情報」が、にごった流れのように流れ込んできた。

(……これは、ひどい)

 思わず眉をひそめる。ネックレスから伝わってくるのは、製作者の強い、強い「嫉妬」の念だった。

 美しいものへの嫉妬。才能への嫉妬。幸せそうな人への、底なしの嫉妬。そのどす黒い感情が、まるで、のろいの言葉のようにアクセサリーに練り込まれている。それは、かつて私が向けられてきた感情とよく似ていた。ただそこにいるだけで、何もしていないのに向けられる、理不尽な悪意。

「白鷺?」

 私の険しい表情に気づいたのか、蒼さんが心配そうに声をかけてきた。その声にハッと我に返る。

「いえ、大丈夫です。……分かりました。これは『呪い』で間違いありません」

「原因は?」

「製作者の強い負の感情です。おそらく、このアクセサリーを身につけるであろう、自分より恵まれている誰かをねたみ、その不幸を願う気持ちが込められています」

 花街の薬師だった前世の知識が、こういう時に役立つ。呪いや病は、多くの場合、人の強い感情が引き金になる。特に、こういう身につけるものに込められた念は、じわじわと持ち主の心を悪くしていくのだ。美しい白粉に毒が仕込まれるように、人がうらやむような美しいものにこそ、毒は仕込まれやすい。

「なるほど。だとしたら、浄化は可能ですか?」

 蒼さんの問いに、私は確信を持って頷いた。

「はい。私の能力なら。ですが……」

 私は一度言葉を切り、蒼さんの目をまっすぐに見つめた。ここからが、私の本当の価値を示す場所だ。

「ただ浄化するだけでは、根本的な解決にはなりません。製作者がこれを作り続ける限り、被害者は増え続けます」

「……犯人を特定できると?」

 蒼さんの鋭い視線が、私に突き刺さる。試されている。この事件を、私がどこまで解決できるのかを。

 私は静かに頷いた。胸の奥で、小さな自信が芽生えるのを感じる。

「このアクセサリーには、製作者の『癖』のようなものが情報として残っています。銀を叩いた時の、ほんのわずかな歪みのパターン。宝石を留める爪の角度。そして何より、この呪いを練り込む時の、独特な精神の波長……。これだけの情報があれば、工房の職人を一人ずつ調べれば、必ず見つけ出せます」

 それは、私の能力と、前世で身につけた薬師としての観察眼を組み合わせた、私だけの「推理」。ただ浄化するだけじゃない。おおもとを突き止め、断ち切る。それができて初めて、本当の意味で事件を解決したと言えるはずだ。

 蒼さんはしばらく黙って私を見つめていたが、やがて、その口元にほんのわずかな、けれど確かな笑みが浮かんだように見えた。

「……面白い。あなたの能力は、ただの浄化スキルではない、ということですか」

 面白い、と彼は言った。

 ずっと「外れスキル」だと、出来損ないと、そう言われ続けてきたこの力が。初めて、認められた。それも、こんなに真っ直ぐに。驚きと、じわりと広がる熱い喜びに、私は少しどうしていいか分からなくなってしまう。

「私の力は、物の『本質』を見抜く力です。呪いも、その物の一部でしかありませんから」

 なんとかそう答えるのが精一杯だった。

「素晴らしい。では、早速工房へ向かいましょう。あなたが犯人を特定するまで、私が護衛します」

「はい。お願いします」

「問題の工房のデータです。職人は五名。プロフィールも記載しておきました」

 蒼さんがタブレットを操作すると、すぐに職人たちの顔写真と経歴が表示された。仕事が早い。

「ありがとうございます。工房に着いたら、一人ずつ、彼らが作った他の作品に触れさせてください。同じ『波長』を持つ人間を見つけ出します」

「了解した。万が一に備えて、応援も要請しておきましょう」

 力強い蒼さんの言葉と、その手際の良さに、私は胸が熱くなるのを感じた。

 誰かに必要とされること。誰かの役に立てること。そして、私の能力を、私自身を、正当に評価してくれる人がいること。それが、こんなにも嬉しいことだなんて、知らなかった。

 私はアイテムボックスの中で、邪悪な気配を放つネックレスを、今度はまばゆい光で包み込んでいく。うらみの声にも似た響きが、光に溶けるように消えていき、やがて澄んだ鈴の音のような音色に変わっていく。

 ――浄化開始。

 あなたの歪んだ嫉妬は、私が美しい祝福に変えてあげましょう。

 これは、私の初仕事。そして、しいたげられてきた私が、自分の力で未来を切り開く、本当の始まりだった。

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