集いし候補者たち、三国から候補者が神殿に集まるエピソード2の表紙イメージ

集いし候補者たち

神託が下ってから、数日が過ぎた。

私の日常は、静かなろうごくへと変わっていた。神殿の中を歩けば、誰もが私に道を譲り、ふかぶかと頭を下げる。その視線には、おそれと、あわれみと、そしてかすかな期待が混じっている。彼らが私に見ているのは、天音(あまね) 祈(いのり)というただの少女ではない。『世界を救うための道具』である聖女だ。かつて当たり前のように交わした他愛ないおしゃべりも、セナの無邪気な笑顔さえも、今は分厚い壁の向こう側にある。食事の味も、よく分からなくなっていた。

そして今日、運命の歯車が、また一つ大きくきしむ音を立てた。

私の『最愛の人』となるために、三国から集った候補者たちが、神殿に到着したのだ。

私は、大聖堂の隣にある、大切なお客様を迎えるためのおごそかな一室で、彼らを待っていた。高い天井には歴代の聖女の肖像画が掲げられているが、その顔はどれも影に沈んでよく見えない。まるで、これからの私を暗示しているかのようだ。大神官様がすぐ隣にそばにいるが、その存在もかえって私の孤独を際立たせるだけだった。心臓が、自分のものとは思えないほど大きく、そして速く脈を打っていた。冷たい汗が手のひらににじむ。これから会う人々。その中の誰かを、私は愛し、そして、この手で……。

「――ローゼンベルク王国、騎士団長、シルヴァン・アークライト様、ご到着です」

扉の外から、張りのある声が響いた。重い扉がゆっくりと開かれ、一人の男性が部屋に入ってくる。陽光を反射して輝く、美しい銀の髪。はがねのようにきたえられた体に、王国騎士の正装である白い礼服がよく似合っている。迷いのない足取りでまっすぐに私の方へと進み出ると、その場でためらうことなく、片膝をついた。

「聖女様。お会いできて、なによりです。俺はシルヴァン・アークライト。この身、この命、すべてを聖女様と世界のために捧げることを誓います」

低く、けれどよく通る声。その青い瞳は、まるで一点の曇りもない空のように澄み切っていて、ただひたすらに私だけを映していた。あまりにまっすぐな誓いの言葉に、私はどう返事をしていいのか分からず、ただ唇をかすかにふるわせることしかできなかった。

「そ、そんな……あなたに死んでほしいなんて、誰も……」

かろうじて絞り出した私の言葉に、彼は顔を上げ、その青い瞳に狂信的なまでの熱を宿して微笑んだ。

「いいえ、聖女様。俺は、あなたに選ばれるために、この日のために生きてきました。この命が、あなたと世界を救う礎となるのなら、それは騎士として最高の誉れ。どうか、俺という名の剣を、ためらわずに振るってください」

剣? この人は、自分を道具だと言い切る。私のための、世界のための、ただの道具。そのあまりの覚悟に、私は感謝よりも先に、恐怖を感じてしまった。人の命を、そんな風に扱ってはいけない。たとえ、本人がそれを望んだとしても。

「続きまして、賢者の国より、宮廷魔術師、ノア・アークティカ様」

シルヴァン様が立ち上がり、壁ぎわに下がるのと入れ違いに、次の人が入ってくる。こくたんのようにつややかな黒髪に、深い森の湖を思わせる静かな緑の瞳。学者風のローブをまとった彼は、表情を変えることなく部屋全体をちらりと見て、それから私に向かってゆうがに一礼した。彼の動きには一切のむだがなく、まるで計算され尽くしているかのようだ。

「はじめまして、聖女様。私はノア。このたびの神託というふしぎな出来事を、筋道を立てて、ときあかすために参りました。あなたのことも、これから分析させていただきます」

「……分析、ですか? 私を、ですか?」

「ええ。あなたという存在、あなたの感情の動き、そして、我々三人の候補者に対するあなたの反応。そのすべてが、神託を成就させるための重要なパラメータです。感傷や同情は、最適解を導き出す上でのノイズになりかねない。私はただ、事実を観察し、最も効率的な未来を予測したいだけです。……たとえ、その未来に、私自身の犠牲が含まれていたとしても」

ノイズ? 私の心も、この苦しみも、この人にとっては計算を狂わせる邪魔なものでしかないんだ。なんて、なんて、残酷なのだろう。でも、もしかしたら、それでいいのかもしれない。心をなくして、ただの『現象』として扱ってくれるなら、私も、何も感じずに済むのだろうか……。淡々とした口調は、まるで医者が患者に語りかけるかのようだ。彼は私の名前を、まるで昔からの知り合いのように自然に呼んだ。知的で、少しだけ冷たいその雰囲気に、私は得体の知れない緊張をおぼえる。

「――最後に、太陽の帝国より、第一王子、ジュリアン・エル・ソレイユ殿下」

その名が呼ばれた瞬間、部屋の空気がぱっと華やいだ。燃えるような金の髪を風になびかせ、自信に満ちた笑みを浮かべた王子様。彼は大股で私の目の前まで来ると、私の右手を取り、その手の甲にそっと口づけをした。突然のことに、私の肩がびくりと跳ねる。彼がまとっている高級な香水の匂いが、ふわりと鼻をかすめた。

「おお、我が愛しの聖女殿! ようやくお会いできた。このジュリアン、神託の言葉を聞いたその時から、あなたという運命の存在を確信しておりました。ご安心ください。この私が、あなたと共に世界を救う英雄となりましょう」

彼はそこで言葉を切ると、私の瞳を覗き込み、さらに言葉を続けた。

「そして、歴史上で最も美しく、最も栄光に満ちた救国の物語を、あなたと共に紡いでみせる。世界中の誰もが、あなたの名と、あなたを選んだ私の名を、永遠に語り継ぐことになるでしょう」

永遠…? この人は、死の先にある『物語』を見ている。私や、犠牲になる誰かの命ではなく、後世に残る『伝説』を。その瞳に映っているのは、私という個人ではなく、『聖女』という役柄だけ。彼は、壮大な舞台の主役を演じていて、私をその相手役に指名しているだけなんだ。芝居がかったセリフと、どこまでも甘い声。きらきらと輝く紫の瞳にじっと見つめられ、私はどうしていいか分からず、ただ顔を赤らめるしかなかった。

三人の候補者。

命を捧げると誓う、まっすぐな騎士。

全てを合理的にときあかそうとする、冷静な魔術師。

栄光と運命を語る、野心あふれる王子。

彼らは、私に愛されるためにここにいる。私に殺されるために、ここにいる。

部屋の中には、奇妙な沈黙が落ちた。シルヴァン様は私を守るように半歩前に立ち、ノア様は壁に寄りかかって静かに私たちを観察し、ジュリアン殿下は私から視線を外さずに余裕の笑みを浮かべている。三者三様の瞳が、私に注がれる。期待、探るような視線、そして独占欲。そのどれもが、私の心を重く締め付けた。

シルヴァン様は、私のために死ぬことを『喜び』だと言う。ノア様は、自分の死を『合理的』な解だと言う。ジュリアン殿下は、私の選択を『栄光』への踏み台にしようとしている。誰も、ただ『生きたい』とは言わない。彼らの覚悟は、あまりにも異常で、あまりにも恐ろしい。

ああ、始まってしまった。

誰かを愛し、選び、そして失うための、あまりにも残酷な物語が。

私の意思などおかまいなしに、世界は私に選択をせまってくる。この中から、たった一人を。

目の前が、静かに暗くなっていくような感覚に、私はそっと目を閉じた。指先が氷のように冷たい。これから始まるのは、誰かを愛し、誰かに愛されるほどに、心をすり減らしていく日々なのだ。その運命の重さに、ただ息が詰まりそうだった。逃げ出したい。叫び出したい。でも、私にはもう、どこにも逃げる場所なんてないのだから。

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